私たちは特別加入労災保険の活用と臨床心理士による相談窓口「芸能従事者こころの119」、産業医による心身のサポート「こころとからだのヘルスケア(略して「ここケア」)に取り組んでいます。これまでの取り組みからフリーランスである私たちに必要な安全対策や健康管理の方法がだんだんわかってきました。
そんな折り厚生労働省がこの3月に出した指針案に沿って「芸能従事者の健康管理等のガイドライン」を作りました。これに基づいて「ここケア2」として、広く医療界のご専門の方々に芸能従事者の働き方を知っていただいて、より広く親身なサポートを賜りたいと考えました。
例えば地方に行きがちな俳優やスタッフが、どこで仕事をしていても理解のある医師に受診できたり健康診断を受けられたり、制作現場ごとに産業医をつけられるサポート体制ができたら、疲労による怪我やメンタル疾患が減少するかもしれません。
講師の方々は、日ごろ私たちの勉強会に参加いただいている研究者の方々などにご協力をいただき、フリーランスの私たちが置かれている状況や仕事の特殊性を知っていただくための研修を始めたいと思います。
この取り組みを通して多方面のサポートが協働した結果、芸能従事者のヘルスリテラシーの向上と心身の健康の保持増進ができることを願っています。
2024年4月2日
一般社団法人日本芸能従事者協会
総監修
森晃爾(産業医科大学産業整体科学研究所 教授)
監修
鎌田耕一(東洋大学名誉教授)、黒田玲子(東京大学環境安全本部産業医/准教授)、藤井靖(明星大学心理学部教授)、芦野訓和(専修大学法学部教授)、佐々木達也(名古屋学院大学法学部准教授)、内藤忍(独立行政法人労働政策研究・研修機構 副主任研究員)、浅田智穂(インティマシーコーディネーター)、弥富耕平(日本芸能従事者協会産業医)ほか
対象者
医師、臨床心理士、コメディカル等の方で日本芸能従事者協会の支援会員
支援会員申込み
こちらからご入会手続きをお願いします。(セミナーのご参加は支援会員が対象です)
開始時期:
2024年(秋頃)予定
コメント
フリーランス芸能従事者の「こころとからだ 支える健康管理セミナー」講義の監修にあたって 専修大学 芦野訓和
近年、厚生労働省は労災保険の「特別加入」対象者の範囲を広げている。労災保険は労働者の業務または通勤による災害に対して保険給付を行う制度であるが、労働者以外でも、その業務の実情、災害の発生状況などからみて、特に労働者に準じて保護することが適当であると認められる一定の者に特別に任意加入を認めている。芸能従事者も、令和3年4月1日よりその対象に含まれているが、全体的な法的保護体制は、自らも創作しながら役務を提供するという「創造的役務提供者」という芸能従事者の特徴を反映したものとはいえず未だ十分なものとはいえない。
芸能関係の仕事は何層にも入り組んだ重層的な下請負関係により行われており、現場で実際に役務を提供している者は、幾重にも重なった指示に従って役務を提供しており、その法的地位は低いままである。また、ここ数年、芸能従事者の事故がマスコミなどで話題になっているように、芸能分野の安全衛生状況は必ずしも良いものとはいえないのが現状である。
このような状況に対し、近年、日本芸能従事者協会が産業医や臨床心理士の指導を受けながら様々な取り組みを行なっている。法的な側面も含めこの取り組みをさらに充実させる意義は大きいと考える。
フリーランス芸能従事者の「こころとからだ 支える健康管理セミナー」講義の監修にあたって 名古屋学院大学准教授 佐々木達也
厚生労働省「個人事業者等の安全衛生対策のあり方に関する検討会報告書」には、個人事業者等の危険有害作業に係る災害を防止するための対策や、健康管理として、国が個人事業主(フリーランス)等に年1回の健康診断や定期的なストレスチェックを促すことなどが盛り込まれている。近年、作業中の事故や自殺に関する報道が見られる芸能従事者に労働安全衛生法の保護が及ぶことには重要な意義がある。
けがや病気に対する補償の観点では、令和3年4月1日、芸能関係作業従事者(俳優、音楽家などの芸能実演家と監督、撮影などの芸能製作作業従事者)が労災保険法上の特別加入制度の対象となった。この改正は、従来、労災申請が認められにくかった芸能従事者に対する保護の拡大として高く評価することができる。第25回過労死等防止対策推進協議会によると、令和4年度には芸能従事者(「音楽家、舞台芸術家など」)に対する精神障害の支給決定件数が2件あり、実際に芸能従事者への補償がなされている。もっとも、精神障害の労災認定の基準は「労働者」を前提に作成されており、芸能従事者に直ちに適用することが困難な場合があることには課題がある。
芸能従事者の安全衛生及び補償を取り巻く法整備が進む中で、関連する分野の専門家が協働するこの取り組みが芸能従事者の健康保持・増進の一助になればと考えている。
このような状況に対し、近年、日本芸能従事者協会が産業医や臨床心理士の指導を受けながら様々な取り組みを行なっている。法的な側面も含めこの取り組みをさらに充実させる意義は大きいと考える。
フリーランス芸能従事者への産業医の配置について
映画監督 深田晃司
フリーランスのスタッフや俳優に産業医が配置されるこの流れを歓迎しています。
映画は集団創作なので多数の人間が関わります。その働き方を見ると、一握りの会社員と大多数のフリーランスが混在し、同じ映画を作る仲間でありながら、健康の保持のための体制には大きな格差が存在しています。
今のままでは、たまたま健康でいられた人、体力のある人、健康に配慮した生活のできる経済的な余裕がある人が映画に関わりやすくなる不平等な状況です。それでは、表現の多様性は担保できません。
フリーランスが医師や臨床心理士らのサポートを得ることは、この不平等を是正するための重要な一手となるはずです。
また、映画の撮影の現場においては、「良い映像」を撮ることが何よりも最優先され、安全配慮は後手に回ることが多く、そういった点においても産業医の視点が導入されることの意義はとても大きいと言えます。
日本芸能従事者協会の5つのアクションの意義と課題
ふくやま大道芸実行委員長 歯科医 猪原健
小生は、広島県福山市で毎年開かれている、西日本最大の大道芸フェスティバル、ふくやま大道芸の実行委員長を務めています。彼らパフォーマーが元気に不安なく活躍できるよう支援する活動も併せて行っています。
また私は、福山市で、歯科診療所を運営しています。この診療所は、歯科では珍しく労災保険を取り扱っているだけでなく、内科やリハビリテーション科も併設しています。健診も積極的に行っており、病気やケガになってからではなく、その予防からアプローチすることがとても大切だと思い、日々の診療を行っています。
私は医療従事者として、芸能従事者を診察させて頂く中で、多くの課題を感じています。今回取り上げられている5つの項目はどれも大切なのですが、芸能従事者の仕事の特殊性とも相まって、なかなか実施・達成が困難であるのも現実であると思います。
そのような中、当協会は啓発活動を行うだけでなく、実際の取り組みも行ってきました。ただ、まだリソースが足りず、本当に必要なみなさんへ手が届いていないことも事実です。
ぜひ、多くの医師・心理士をはじめとした多くの医療従事者のみなさんに、芸能従事者への支援について学んでいただき、サポートの輪を広げてまいりたいと思っております。
資料
- 「芸能従事者の健康管理等に関するガイドライン」一般社団法人日本芸能従事者協会
- 厚生労働省「過労死等に関する実態把握のための労働・社会面の調査研究調査報告書(芸術・芸能実演家調査)」労働安全衛生総合研究所 社会労働衛生研究グループ
- 文化庁「文化芸術分野の適正な契約関係構築に向けたガイドライン」4安全・衛生
- 総務省、経済産業省、厚生労働省、文化庁「芸能従事者の就業中の事故防止対策等の徹底について」
- 「フリーランスの健康確保と法 日本芸能従事者協会の取組み」(抄録)2023年産業保健法学会 森崎めぐみ
- 「芸能従事者のメンタルヘルス」(抄録)2023年産業保健精神学会 湯淺晶子、森崎めぐみ、岩城保、深田晃司
- 「Health and safety situation of arts and entertainment workers in Japan」(英文誌) Industrial Health 独立法人安全衛生研究所 Megumi MORISAKI
- 日本産業保健法学会 広報誌「喧々諤々」インタビュー
「芸能従事者の労働安全衛生に関する現状と課題(全4回)」
〈インタビュアー〉小島 健一(鳥飼総合法律事務所パートナー弁護士)森晃爾(産業医科大学 産業生態科学研究所 産業保健 経営学研究室 教授)岡田睦美(富士通・日本産業保健師会会長)彌冨美奈子(株式会社SUMCO 全社産業医)
〈インタビュイー〉森崎めぐみ(一般社団法人日本芸能従事者協会代表理事)
- コメント「芸能業界の安全衛生向上のための、フリーランスの芸能従事者の健康管理支援体制の構築の重要性について」東京大学環境安全本部 准教授/産業医 黒田玲子